先に不思議がるべきことがあるはず
トンネル効果は不思議だと言われることが多いです。
ただ、そもそもポテンシャルの壁の働きが古典的直感と本当に同じなのか、という点がはっきりしないままトンネル効果だけを不思議がってよいのでしょうか。この記事では、まずその前提を確認します。

縦線が古典的な限界点を表す。
量子力学では運動エネルギーとポテンシャルエネルギーは同時に定まった値を持たないという古典的直感とは相容れない概念になっています。
それなのになぜ \(V(x)\) は古典力学のポテンシャルのように粒子を押し戻したり引き寄せたりするのでしょうか。
古典力学では保存される量は
であり、最初に持っていた運動エネルギーより高い位置エネルギーの場所には行けません。したがって、ポテンシャルの壁が壁になることはすぐに分かります。
一方で量子力学で保存されるのは、各瞬間に \(\frac{p^2}{2m}+V(x)\) が成り立つという意味ではなく、ハミルトニアン演算子
です。すると量子力学に現れる \(V(x)\) が、なぜ古典的なポテンシャルと同じ向きに運動を曲げるのかは自明ではありません。
この記事では、トンネル効果を正当に不思議がる資格を得るために、「量子力学のポテンシャルはどうしてポテンシャルらしく働くのか」を、時間発展の細かいステップに分けて見ます。
時間発展を離散化する
見やすさのために \(\hbar=1\) とおきます。時間依存 Schrödinger 方程式は
です。ハミルトニアンを
と分けます。ここで有限時間 \(t\) を \(N\) 分割し、短い時間幅 \(\Delta t=t/N\) を導入します。このとき Trotter の積公式
が成り立ちます。
ここで大事なのは、量子力学の時間発展全体が、短い時間ごとの二種類の操作の反復として理解できることです。つまり
という極限として、時間発展を「運動エネルギーステップ」と「ポテンシャルステップ」の積み重ねで見ます。
まずポテンシャルステップでは、波動関数は
と変化します。これは位置ごとに異なる位相回転を与えるだけなので、位置表示での確率密度 \(|\psi(x)|^2\) は変わりません。したがって、このステップで直接変わるのは位置分布ではなく運動量分布です。
逆に運動エネルギーステップでは、運動量表示で
と変化します。こちらは運動量ごとの位相回転なので、運動量分布 \(|\tilde\psi(p)|^2\) は変わりません。変わるのは位置分布です。
したがって時間発展は、次の二つが交互に起きる過程として見られます。
ポテンシャルステップ: ポテンシャルに応じて運動量分布を更新します
運動エネルギーステップ: その運動量分布に応じて位置分布を更新します
冒頭で見せたシミュレーション↓は、青線がステップで離散化した計算結果で、黄色が厳密解です。

縦線が古典的な限界点を表す。
このシミュレーションを見る限り、ステップで分解して近似しても問題なく現象を調べられそうです。
ポテンシャルを区分的に直線で近似する
解釈しやすくするために、ポテンシャルを区分的に直線とみなします。

具体的には、\(x\) 軸を細かい区間 \([x_j,x_{j+1}]\) に分け、各端点 \(\left(x_j,V(x_j)\right)\) と \(\left(x_{j+1},V(x_{j+1})\right)\) を直線で結ぶことで、全体を折れ線ポテンシャル \(V^{\mathrm{lin}}(x)\) で近似します。
各区間ではこの折れ線は
と書けます。ここで \(V_j\) と \(F_j\) は定数で、\(F_j\) はその区間での力に対応します。言い換えると、なめらかなポテンシャルを短い区間ごとの「一定の傾き」に分解して考える、ということです。
区間ごとのポテンシャルステップを見る
次に、この区間分割に合わせて波動関数を分けます。時刻を
と刻み、各ステップごとに波動関数を
と分解します。ここで \(\chi_j(x)\) は区間 \([x_j,x_{j+1}]\) で 1、それ以外で 0 となる関数です。波動関数を、区間ごとの短冊状の成分の重ね合わせとして見るイメージです。
時間 \(\Delta t\) の一回のポテンシャルステップでは位置分布は変わりません。したがってこの短い時間に限れば、区間外で 0 となる \(\psi_j\) に対しては、その区間の中でポテンシャルが
となっているとしてよいでしょう。したがって \(j\) 番目の成分に対するポテンシャルステップは
となります。
これを運動量表示で見るために、
と書きます。すると
となるので、指数をまとめれば
と書けます。ここで \(p'=p+F_j\Delta t\) と置換すると、
を得ます。したがって運動量表示では
となります。
この式はポテンシャルステップが区間 \(j\) において運動量分布を
だけ平行移動するということを意味します。しかも区間内では \(F_j=-\frac{dV^{\mathrm{lin}}}{dx}\approx -\frac{dV}{dx}\) なので、これはちょうど「運動量変化 = 力 × 時間」という古典力学の形になっています。
つまり量子力学のポテンシャルは、局所的にはその傾きに応じた力積を古典力学と同じように与えることが分かります。
全体の波動関数でも大体同じ
ここまでは各区間の成分 \(\psi_j\) に対して議論しました。では全体の波動関数では何が起きるのでしょうか。各成分を足し合わせると、全体の運動量波動関数は
となります。つまり各区間の成分が、それぞれ異なる力積 \(F_j\Delta t\) を受けて平行移動したものの重ね合わせになります。
ここで \(e^{-iV_j\Delta t}\) は残りますが、これは干渉縞を与えるだけで、本質的に運動量分布を左右にずらしたり幅を変えたりはしません。
したがって、たとえばすべての区間で力 \(F_j\) が同じ向きなら、
によって各成分の運動量分布は力の向きに揃ってずらされます。
以上から、元の波動関数においてもポテンシャルは古典論と同じように「力」を及ぼすものとして解釈できることが確認できます。
そしてトンネル効果はなぜ起こるのか
ここまでの議論によって、ポテンシャルが古典的なポテンシャルと同じような働きをすることが理解できました。したがってようやくトンネル効果を不思議がる資格が得られたわけです。では、なぜトンネル効果は起きるのでしょうか。
ポテンシャルを\(V(x)\)とし、
となる場合を考えます。
すなわち、1次元空間上を負の方向に力がかかるポテンシャルの障壁がある状況を想定します。

正の方向に移動する波束をこのポテンシャルにぶつけてみます。
古典論の場合、粒子は運動エネルギーを消費してポテンシャルエネルギーに変換しながらこの坂を登っていきます。
そして運動エネルギーが尽き、正の運動量が尽きた地点で引き返して坂を下っていきます。
上式から、量子でも同じようにポテンシャルの坂によって運動量が削られていくことが分かりますので、量子の波束の最高到達点として、正の運動量分布が尽きた瞬間を採用し、その直後に何が起きるのかを調べると良さそうです。
古典論であればこれ以上は正の方向には進まないため、仮に少しでも右に染み出す成分があればそれはトンネル効果の現れと捉えられます。
数式で表すと、正の運動量の確率が
となったと仮定し、この次のステップを調べます。
運動量分布を変化させる役割はポテンシャルステップであり、それによってこの条件が達成されたはずなので、次のステップは運動エネルギーステップ
です。このステップでは運動量分布そのものは変わりません。つまり \(P_+(t)=0\) のままなので、直感的には正の方向に運動する要因はないように見えます。
では実際に正の方向への流れがあるかどうかを確認してみます。
位置が\(x\geq a\)となる確率は
と計算でき、その時間変化は
となります。したがって、たとえ正の運動量成分が消えていても、もし \(j(x,t)>0\) となる場所があれば、それがトンネル効果の兆候です。
確率流\(j(x,t)\)を運動量表示で書くと
となります。対角成分 \(p=q\) だけを見れば運動量の符号に沿った流れになりそうですが、位相因子\(e^{i(q-p)x}\) が流れの向きをひっくり返し得ます。
そうすると\(j(x,t)>0\)となる点が現れ、これがトンネル効果を発生させていると考えられます。
まとめ
本記事ではトンネル効果を正当に不思議がることを目標にしました。
まずはポテンシャルが本当に古典的な壁の働きをし得るのかを考察し、おおよそ古典的な働きをすることを確認しました。
その上でトンネル効果がなぜ起きるのかを深掘りし、それが量子特有の位相因子に由来することを突き止めました。
しかし、これで本当にトンネル効果を理解できたと言えるのでしょうか。
位相因子があるからそういうことですね、とすぐ納得できる人は多くないかもしれません。
結局は位置と運動量、あるいはポテンシャルエネルギーと運動エネルギーが同時確率分布を持てない、ということ以上のことは分からないのかもしれません。
一般に量子論では物理量の値の保存則はなく、分布の保存則があるのみです。
その視点で見れば、トンネル効果も別に不思議ではないのかもしれません。