量子論の標準的な解説において、測定確率の計算方法は射影演算子と密度演算子のトレースによって計算されるというボルンの確率規則として導入されます。

この要請は明確で覚えやすいですが、ぱっと見でなぜそのように計算するのかを捉えるのは難しく、深掘りして説明されることも少ないかと思います。
そのこともあって、なぜ?という気持ちを落ち着かせるために射影演算子というものに何か概念的意味を見出そうとしてしまうリスクがあります。

そこで本記事では、ボルンの確率規則の一般化であるPOVM測定が出てくる理由を解説し、この要請が自然であると感じられるようにサポートします[1]

そもそも量子状態をなぜ密度演算子で表すのかについては、「なぜ密度演算子が出てくるのか?」で古典確率の期待値から順に説明しています。

凸集合

「量子論の公理」でも紹介しましたが、統計的状態の空間は一般論として凸集合という数学的構造を持った集合で表現できることが知られています。
量子状態や古典的な確率分布の集合はまさにこの凸集合の構造を持っている代表例です。

数学的な定義は以下になりますが、凸結合は「確率的に用意された状態はその確率で平均化される」ということを表現していて、凸集合はその操作で閉じる集合であると言えます。

定義:凸集合

\(\mathbb{R}^n\) の部分集合 \(C\) が凸集合であるとは、任意の \(x,y\in C\) と任意の \(p\in[0,1]\) に対して

\[px+(1-p)y\in C\]

が成り立つことを言います。

凸集合は式だけで説明されるよりも図形的に理解する方が楽しいです。
以下はよくある凸集合とそうでない集合のイメージで、名前の通り凹みのない凸の形をしていることが確認できます。

凸集合と凸集合ではない集合の比較図
凸集合と凸集合ではない集合のイメージ

例:密度演算子の空間

量子状態を記述している密度演算子は

\[\rho\geq 0,\quad \operatorname{Tr}\rho=1\]

という条件を満たす線型写像でした。

ここで公理によって、量子状態の確率混合は密度演算子の凸結合

\[\rho=p\rho_0+(1-p)\rho_1,\quad 0\leq p\leq 1\]

になりますが、これは上記の密度演算子の条件を満たします。
実際、

\[\rho\geq 0,\quad \operatorname{Tr}\rho =p\operatorname{Tr}\rho_0+(1-p)\operatorname{Tr}\rho_1 =1\]

となります。

従って、密度演算子の空間は凸集合の例になっています。

例:確率分布の凸集合

「量子論の公理」と同様に、確率分布をベクトル風に並べたものの集合を考えます。
この集合は確率分布であることの条件を使って

\[\Delta_n := \left\{ \boldsymbol{p}=(p_1,\ldots,p_n)\in\mathbb{R}^n \mid p_i\geq 0,\ \sum_i p_i=1 \right\}\]

と表せます。

この集合から取り出した任意の2状態 \(\boldsymbol{p}^{(0)},\boldsymbol{p}^{(1)}\in\Delta_n\) の確率混合は、先ほどと同様に凸結合

\[\boldsymbol{p} =q\boldsymbol{p}^{(0)}+(1-q)\boldsymbol{p}^{(1)},\quad 0\leq q\leq 1\]

になります。
これは

\[p_i\geq 0,\quad \sum_i p_i = q\sum_i p_i^{(0)}+(1-q)\sum_i p_i^{(1)} =1\]

が成り立つため、再び確率分布の条件を満たしています。

従って、確率分布の空間も凸集合の例になっています。

確率計算のアフィン性

量子状態の定義は

定義:量子状態

再現可能な手続きによって実験的に準備された系が持つ、測定の応答の可能性を定める統計構造のことを量子状態と言う。

であり、公理1.によってそれは密度演算子で表されているのでした。

従って、一つ選んだ量子状態において測定を行った時の測定値の統計的な可能性、すなわち確率分布が量子状態から計算されるべきでしょう。

ここでの問題は、どのようにして確率を計算すべきか?ということです。

少なくとも測定に対応する何らかの関数 \(\gamma\) によって、密度演算子 \(\rho\) から確率分布 \(\boldsymbol{p}\) が

\[\boldsymbol{p}=\gamma(\rho)\]

と計算できるはずですが、果たして \(\gamma\) はどんな性質を持った関数になるでしょうか?

ここまで長々と凸集合の話をしてきたので察しがつくと思いますが、答えは「凸結合を保つ関数」です。
数学用語ではこれをアフィン性と呼びます。

なぜアフィン性が必要なのか?と疑問に思うところですが、この理由は背理法的に考えると納得できます。

もし密度演算子 \(\rho\) がそのまま準備される場合と、

\[\rho=q\rho_0+(1-q)\rho_1,\quad 0\leq q\leq 1\]

のように確率混合で用意される場合を考えます。
これは公理1.によって統計的な量子状態としては全く同じもので区別がつかないはずです。

それぞれの場合について同じ測定をするとし、 \(\gamma\) で確率分布を計算すると、後者は確率混合による平均化によって

\[\gamma(\rho)=q\gamma(\rho_0)+(1-q)\gamma(\rho_1)\]

と計算されるべきです。
これが前者と一致するというのがアフィン性が意味するところですが、もし一致しないのならば、両者はこの測定によって別の状態として区別できてしまうことになります。
もちろんこれは公理1.と矛盾します。

従って、\(\gamma\) のアフィン性は公理1.と整合するためには不可欠であると言えます。

以上が公理2.でアフィン性を要請した理由です。

POVMによる表現

実はアフィン性を要請した時点で \(\gamma\) は具体的に演算子同士の内積として計算できるようになります。

まず \(\gamma\) が持つアフィン性は見た目は線形性にそっくりであることに注目します。
凸結合は係数に制約のある線形結合になっていて、その制約の中ではアフィン性は線形性と同じものを表しています。

都合のいいことに、アフィン性は線形性に一意的に拡張できることが知られており、従って、 \(\gamma\) は線型写像だと思うことができます。

この事実は非常に大きなもので、\(\gamma\)の性質を調べる際に線形写像に関するあらゆる定理を適用可能であることを意味しています。

唐突ですが、ここで演算子の空間にHS(ヒルベルトシュミット)内積を導入します。

定義:HS内積(ヒルベルトシュミット内積)

演算子 \(X,Y\) に対して、

\[\langle X,Y\rangle_{\mathrm{HS}} := \operatorname{Tr}(X^\dagger Y)\]

で定まる内積をヒルベルトシュミット内積、略してHS内積と呼びます。

こうすることで演算子の空間は内積空間であると言えます。
すると \(\gamma\) が線形汎函数であるという事実から、リースの表現定理によって

\[\begin{aligned} p_x &= \langle E_x,\rho\rangle_{\mathrm{HS}} = \operatorname{Tr}(E_x\rho) \\ \boldsymbol{p} &= \gamma(\rho) = (p_x)_x \end{aligned}\]

と表せます。
つまり、各成分は適切な演算子 \(E_x\) との内積として書けて、それらを並べたものが確率ベクトル \(\boldsymbol{p}\) になります。

この演算子の組 \(\{E_x\}_x\) はもちろん何でもいいわけではなく、\(\gamma\) の値域が確率分布であることを反映して

\[E_x\geq 0,\quad \sum_x E_x=I\]

という条件を持ちます。
この条件を満たす演算子の組をPOVMと言います。

このことから、公理2.に従う最も一般的な測定のことをPOVM測定と言います[2]

そして、POVMが全て直交射影演算子で構成される特別な場合に、この計算方法をボルンの確率規則と言います。

残された疑問

ボルンの確率規則の一般化であるPOVM測定が出てくる理由は納得できたかと思いますが、そうすると次は、
POVMが射影演算子の場合には何か特別な性質があるのか?という疑問が湧いてきます。

この疑問にはいくつか回答がありますが、一言で言うと、「最も性質の良い測定らしい測定になっている」のが射影演算子による測定であると言えます。

これがどういう意味であるかは、また別の記事で解説します。

参考文献

  1. E. B. Davies and J. T. Lewis, “An Operational Approach to Quantum Probability,” Communications in Mathematical Physics 17, 239–260 (1970).
  2. Alexander S. Holevo, “Probabilistic and Statistical Aspects of Quantum Theory,” Edizioni della Normale (2011).